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大阪高等裁判所 平成4年(ラ)311号 判決

抗告人 今野侑希

事件本人 今野広之

主文

原審判を取り消す。

本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻す。

理由

1  本件抗告の趣旨は、主文と同旨の裁判を求めるというものであり、その理由は、別紙「抗告の理由書」記載のとおりである。

2  当裁判所の判断

記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  抗告人と不在者は、昭和60年11月12日、婚姻の届出をした夫婦である。

(2)  抗告人と不在者は、抗告人の妹2人とともにグアム島の観光旅行にでかけ、平成2年11月14日午後4時50分ころ、タンギソン・ビーチで泳ぎを楽しんでいた。

(3)  当日のグアム島は、ルソン島の南の台風及びチャック島付近の熱帯性低気圧などがにわか雨や雷雨を起こす、曇り時々雨の天候で、既に台風はグアム島直撃を避けて通過していたが、島に吹く風は強く、海上は非常に荒れていた。

(4) タンギソン・ビーチは、海に面して右側に突き出した岬とこれに向かい合った左側の岩場にはさまれ、ー番奥まった海岸中央部波打ち際から外海までが50ないし65メートル、外海への出口となる岬と岩場の間の距離が180ないし230メートルの、奥のやや浅い、入江の形をした海岸である。入江と外海の境に沿って珊瑚礁の暗礁がつながり、浜から珊瑚礁の外延までは傾斜の緩い遠浅が続き、浜から30メートルくらいのところで首のあたりの深さとなり、その先は次第に足が立たなくなるが、珊瑚礁の先は水深20ないし40メートルの急に深い外海となる。普通の天候であれば外からの波は珊瑚礁に当たって穏やがな波に変わるが、普段から珊瑚礁のすぐ内側の潮の流れはきつく、その方向もー定していない。そのため、外海が比較的穏やかな場合でも、入江の地形に不案内な者が遠浅の海に気を許して珊瑚礁と外海の境付近まで近づくと、急な潮の流れによって外側に押し出されて戻れず、そのまま急深な外海におぼれる危険が存在していたもので、当時から浜に英文で「DAENGER HAZARDOUS CURRENT」(危険危険な流れ)との看板が立っていたし、現在海岸は閉鎖され、遊泳及び魚釣り禁止となっている。

そして、本件事故の当日、珊瑚礁の外側の海は、台風や熱帯性低気圧の影響で大荒れとなっており、いったん珊瑚礁の外側に押し流されてしまうと、元へ引き返すことが極めて困難で、死に至る危険が非常に高い状態であった。

(5)  ところで、上記時刻ころ、抗告人とその妹三上めぐみが珊瑚礁の近くまで進んで波をかぶり、右側の岬の方へ流され始めた。不在者は、入江中央部分の浜から30メートル付近にいてこれに気付き、直ちに沖に向かって泳ぎ始めたが、20メートルくらい進んで大きな波をかぶり、まっすぐ外海の方に流されてしまった。海岸に居合わせて異変に気付いたアメりカ海軍兵○○○○(32歳)は、不在者を助けるため珊瑚礁と外海の境付近まで泳いで行き、一瞬不在者の腕をつかんだが、荒い波のために引き離され、引き返さざるを得なかった。そして、不在者は、そのまま外海に出てしまい、ついに海岸に戻らなかった。なお、抗告人と三上めぐみは、珊瑚礁の内側の岬に向かう流れに押されて、岬側の岩場にたどり着いた。

(6)  同日午後5時40分にグワム島○○○○救助隊が事故現場に到着して捜索を開始したが、海の荒れ方がひどく時間も夜にかかったため、その日は30分ほどで現場を引き上げた。翌日は海が荒れたのも収まって朝から捜索が行われ、ダイバーが水深75フィートのところで海水パンツを発見し、抗告人が不在者のものであることを確認した。その後同月20日まで、付近一帯の海域で同救助隊を中心とする捜索が水上、水中の両方で行われ、ダイバーが珊瑚礁や岩棚の隙間を探すなどしたが、不在者につき何らの手掛かりも発見できず、同日午後5時ころに捜査は打ち切られた。

(7)  上記観光旅行は、不在者の誕生祝い、結婚5年の祝い、妹の間近い結婚の祝いを兼ねて行われたものである。不在者と抗告人は、昭和37年11月12日生まれと昭和38年3月4日生まれの夫婦であり、不在者の母と同居する家族3人の暮らしで、円満な家庭生活を送っていた。不在者は、高校を卒業して就職し、本件事故直前の平成2年11月1日、勤め先の株式会祉○○○○○の○○支店において、○○長に任命されたばかりであり、勤務態度はまじめで、職場での人間関係も良好であるし、借金もなかった。このように、不在者には自ら進んで所在を隠したりする理由は見当たらない。

(8)  抗告人は、まだ年も若く、不確定な身分関係を明確にするために本件申立てをした旨を述べており、不在者の母は、母親として不在者の死を認めたくない気持ちはあるけれども、すべてを不在者の妻の抗告人に任せている旨の上申書を提出し、その中で、抗告人と不在者は夫婦仲が良く、同女は抗告人を信用していること、事故時の旅行は抗告人の妹が同行しており、多くの目撃者と捜査記録があること、平成2年12月に仮葬儀を済ませ、自宅に不在者の位牌を祭っており、今後の生活の不安もあるが、現在の気持ちを整理したいという気持ちも強いことなど、その理由を述べている。

以上の事実によると、不在者は、平成2年11月14日入江の地形や潮の流れなどから、普段から死に至る危険の高い海域において、台風通過後の荒波が治まっていない状況のもとにおいて、水難事故に遇ったということができ、民法30条2項の定める「死亡の原因たる危難」に遭遇したものと認めるのが相当であるところ、その危難が去った同月15日から1年間その生死が分明でないから、抗告人の本件失踪宣告申立ては理由があり、家事審判規則に基づいて、公示催告の手続を経た上で失踪宣告をなすべきである。

よって、抗告人の本件申立てを却下した原審判は相当でないからこれを取り消し、原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮地英雄 裁判官 山崎末記 富田守勝)

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